平和な海で突如として発生した「レーダー照射事件」。このニュースを目にしたとき、多くの方が「なぜそんなことをするのか」「国際法では許されない行為ではないのか」といった疑問を持たれたことでしょう。特に2018年12月に発生した、韓国海軍の駆逐艦による海上自衛隊のP-1哨戒機への火器管制レーダー照射事案は、日本と韓国の間で大きな外交問題に発展し、国際社会からも注目を集めました。一歩間違えれば、不測の事態、すなわち軍事的な衝突に繋がりかねない極めて危険な行為です。
この事件の核心は、単なる危険運転や挑発行動にとどまりません。その背後には、国際法という厳格なルールの存在があります。軍事行動の是非や、他国の艦艇・航空機に対する行動の限界は、世界共通の「海の憲法」ともいえる国際法によって厳しく定められています。しかし、この国際法が具体的にどのようなルールを定めているのか、また、今回のレーダー照射行為が国際法上のどの規定に違反する可能性があるのかについて、詳しく理解している方は少ないかもしれません。
本記事では、このレーダー照射 国際法 問題を深掘りし、事件の経緯や火器管制レーダーの危険性といった事実の解説に留まらず、この問題の根幹にある国際法、特に国連海洋法条約と海上衝突予防法といったルールがいかに重要な役割を果たしているのかを、わかりやすく丁寧に解説していきます。この事件を通じて、私たちが普段意識することのない海洋における国際ルールの重要性と、平和な海洋秩序を維持するための課題について、一緒に考えていきましょう。
1. 2018年レーダー照射事件の概要と国際的な問題提起
1-1. 事件の経緯と「火器管制レーダー」の重大な意味
2018年12月20日、能登半島沖の日本海において、韓国海軍の駆逐艦「広開土大王(クァンゲト・デワン)」が、海上自衛隊のP-1哨戒機に対し、火器管制レーダー(STIR 180)を数分間にわたって照射したとされる事件が発生しました。海上自衛隊のP-1哨戒機は、当時、北朝鮮籍とみられる漁船の捜索活動を行っていた韓国海軍の活動を監視するために飛行していました。日本政府は、この火器管制レーダーの照射を極めて危険な行為であるとして強く抗議しました。
火器管制レーダーとは、艦艇などがミサイルや主砲といった兵器を発射する際に、目標までの距離や速度、進路などを正確に把握し、兵器を命中させるために使用するものです。つまり、これは「まさに攻撃を行う直前の行動」と国際的には解釈されます。単に相手の位置を確認する「捜索レーダー」とは異なり、火器管制レーダーを特定目標に照射する行為は、「次に兵器を発射する準備が整っている」という明確な敵対的意図を示すものと見なされるため、国際社会では、軍事的な威嚇行為、あるいは意図的な挑発行為として認識されます。
国際的な常識として、戦闘状態にない他国の艦艇や航空機に対して火器管制レーダーを照射することは、不測の事態を招きかねない極めて危険な行為です。これは、相手国に「攻撃を受けるかもしれない」という強い危機感を抱かせ、自衛のための反撃を誘発する可能性を高めます。実際に、この事件の後、日本と韓国の間では、この行為の事実認定や国際法上の評価をめぐって、激しい応酬が繰り広げられました。日本側は、この行為が国際的なルールに違反すると主張し、再発防止を求めましたが、韓国側は、遭難船舶捜索のためにレーダーを使用したものであり、特定の哨戒機を意図したものではないと反論し、両国の主張は平行線をたどりました。この事件は、日韓関係の悪化を決定づける要因の一つとなると同時に、海洋における軍事行動の危険性、そして国際法の遵守がいかに重要であるかを世界に再認識させることになりました。
1-2. 照射行為が持つ「攻撃の準備」という国際的なメッセージ
火器管制レーダーの照射は、軍事的な文脈において、単なる技術的な操作以上の意味を持っています。それは、「いつでも攻撃できる状態にある」という、極めて強い国際的なメッセージを相手に送ることになります。軍事の世界では、このレーダーの照射は、射撃を行う前の最終段階であり、この後に続くのは文字通り「発射」であるという共通認識があります。
例えば、航空機がミサイルを発射する前には、ミサイルが目標を捕捉できるように、機体に搭載された火器管制レーダーで目標を追尾する必要があります。艦艇の主砲や対空ミサイルについても同様で、正確な射撃を行うためには、火器管制レーダーによる精密な追尾と照準合わせが不可欠です。したがって、このレーダーが他国の軍用機に対して照射された場合、照射された側のパイロットや乗組員は、自機が攻撃される可能性が極めて高いと判断せざるを得ません。
国際法、特に海洋における軍事行動の規範においては、「不必要な威嚇」や「安全を脅かす行為」は厳しく戒められています。火器管制レーダーの照射は、まさにこの「不必要な威嚇」の最たるものと言えます。平和な状況下でのこのような行為は、国際的な信頼関係を損なうだけでなく、偶発的な衝突のリスクを飛躍的に高めます。照射を受けた側は、自衛権の行使として、威嚇行動を排除するための対抗措置をとる正当な理由を持つことになりかねません。
この事件が国際社会で大きな問題となったのは、韓国側がこの行為の危険性を十分に認識しながら行ったか、あるいは国際的な軍事行動の規範に対する認識が不足していたかのいずれかであったにせよ、その行為が持つ「攻撃の準備」というメッセージの重大性からです。このメッセージは、両国間の緊張を高め、地域の安全保障環境にも悪影響を与えるものであり、国際的な海洋秩序を維持する上で、看過できない問題として提起されました。
2. 海洋における「国際法」の枠組みとレーダー照射の違法性
2-1. 「海の憲法」:国連海洋法条約が定める海洋の自由と安全
レーダー照射問題の根幹をなすのが、国連海洋法条約(United Nations Convention on the Law of the Sea, UNCLOS)です。この条約は、「海の憲法」とも呼ばれ、領海、接続水域、排他的経済水域(EEZ)、公海など、世界の海洋におけるすべての活動の法的枠組みを定めています。この条約は、海洋の利用、資源の管理、環境保護、そして軍事活動を含む航行の自由と安全に関するルールを確立しています。
この条約の基本的な考え方の一つに、「公海における航行の自由」があります。公海とは、いずれの国の領海にも属さない海域のことであり、すべての国が軍艦や軍用機を含む船舶や航空機を自由に航行・飛行させる権利を持っています。レーダー照射事件が発生したとされる海域も、日本の排他的経済水域(EEZ)内ではあるものの、他国の軍艦や軍用機が航行・飛行する自由は国際法上認められています。
しかし、航行の自由は絶対的なものではありません。すべての国は、この自由を行使する際に、「他国の利益を適当に考慮に入れなければならない」とされています。この「適当な考慮」には、他国の船舶や航空機の安全を確保する義務が含まれます。国連海洋法条約は、直接的に火器管制レーダーの照射行為を禁止する規定は持っていませんが、条約が定める海洋の平和的利用や他国の安全への配慮という精神に照らして考えると、火器管制レーダーの照射のような極めて危険で威嚇的な行為は、この条約の精神に反する行為と解釈されます。
さらに、この条約は、「すべての船舶は、安全な航行を確保するための一般的な国際的な規則、手続き及び慣行に従わなければならない」とも規定しています。これは、軍艦や軍用機を含むすべての船舶・航空機が、国際的な海上での衝突や事故を予防するためのルールを守る義務があることを示しています。レーダー照射行為は、まさにこの「安全な航行を確保する」という原則から逸脱するものであり、国際的な海洋法秩序の維持という観点からも、重大な問題となります。

2-2. 偶発的な衝突を防ぐための「海上衝突予防法」と軍事行動の規範
国連海洋法条約の一般的な枠組みを補完し、実際の海洋上での安全を確保するための具体的なルールを定めているのが、海上における衝突の予防のための国際規則に関する条約(COLREGs)、通称「海上衝突予防法」です。この条約は、船舶の航行方法、灯火や形象物の表示、音響信号の使用など、船舶が衝突を避けるために守るべき具体的なルールを定めています。
海上衝突予防法は、主に民間船舶の衝突予防を目的としていますが、軍艦もこの条約の規定を最大限遵守することが国際的な慣行とされています。特に、条約の規定は、「すべての船舶は、衝突のおそれがあるときは、衝突を避けるために適切かつ有効な動作をとらなければならない」といった、安全航行の一般原則を定めており、これは軍事行動においても尊重されるべき規範です。
火器管制レーダーの照射行為は、船舶や航空機の「安全な航行」を著しく妨げる行為であり、偶発的な衝突を避けるという海上衝突予防法の精神に真っ向から反します。この行為は、相手に対して不必要な緊張と威嚇を与え、冷静な判断を困難にさせ、結果として衝突や事故のリスクを高めるからです。
さらに、軍事行動の規範として、国際的には「海軍士官間の行動規範(CUES:Code for Unplanned Encounters at Sea)」といった、非戦闘時に偶発的に遭遇した際の対応に関する国際的な取り決めもあります。これらの規範は、不測の事態を防ぎ、安全を確保するための行動指針を提供しており、火器管制レーダーの照射のような威嚇行為は、明らかにこれらの規範が推奨する「プロフェッショナルな行動」から逸脱しています。
結論として、レーダー照射行為は、直接的な禁止規定がなくとも、国連海洋法条約が求める海洋の平和的利用と他国の安全への配慮の義務、そして海上衝突予防法が定める安全な航行の一般原則、さらに国際的な軍事行動の規範という、複数の国際法の枠組みと精神に違反する可能性が高い行為と評価されます。国際社会は、この種の危険な行為に対して、国際法の遵守と再発防止の徹底を強く求める立場にあります。

3. レーダー照射問題が突きつける国際関係と安全保障上の課題
3-1. 国際的な緊張を高める「危険な近接行為」のエスカレーションリスク
レーダー照射事件のような「危険な近接行為」は、単なる一過性のトラブルでは済まされず、国際関係と地域の安全保障に深刻な影響を及ぼします。最も懸念されるのは、この種の行為がエスカレーション(緊張の段階的拡大)を引き起こすリスクです。
火器管制レーダーの照射は、前述のように「攻撃の準備」というメッセージを意味します。照射を受けた側が、これを「差し迫った武力攻撃」と判断し、自衛権の行使として対抗措置をとった場合、両国の偶発的な軍事衝突に直結する可能性が極めて高くなります。例えば、照射された側が、威嚇行動を停止させる目的で警告射撃を行った場合、相手側はこれを「攻撃」と見なし、本格的な戦闘行為に移行するかもしれません。
国際関係においては、このような偶発的な衝突、すなわち「不測の事態」をいかに防ぐかが、安全保障上の最大の課題の一つです。そのため、各国は、軍事的な行動規範やホットラインの設置、定期的な対話などを通じて、相互の誤解や不信感を取り除く努力をしています。しかし、レーダー照射のような危険な行為は、これらの努力を一瞬にして水泡に帰させ、相互の不信感を決定的に高めてしまいます。
特に、日本と韓国のように、歴史的経緯や領土問題など、複数の政治的・外交的な課題を抱える二国間において、このような危険な軍事行動が発生すると、両国間の関係は急速に冷え込み、すべての分野での協力が停滞する事態を招きます。これは、北東アジア全体の安定と平和にとって、望ましくない状況です。国際社会は、この事件を教訓として、「危険な近接行為」の基準を明確化し、偶発的な衝突を防ぐための国際的な枠組みを強化する必要性を強く認識しました。海洋上での「危険な運転」は、国家間の戦争の引き金になりかねないという現実を、私たちは直視しなければなりません。
3-2. 国際的な海洋秩序の維持と今後の課題:法の支配の徹底に向けて
レーダー照射問題は、国際社会に対して、「法の支配」に基づく海洋秩序の維持がいかに重要であるかを改めて突きつけました。国際法は、国家間の行動を律し、平和と安定を確保するための共通のルールです。しかし、このルールが守られなければ、力による現状変更や、無秩序な行動が横行し、世界の海は常に緊張と不安定にさらされることになります。
この事件を通じて明らかになった課題の一つは、国際法解釈の相違です。日本側は、火器管制レーダーの照射を「攻撃準備行為」として国際法違反であると主張しましたが、韓国側は、捜索活動の一環であり、意図的な威嚇ではないと反論しました。このような国際法に関する解釈の相違や事実認定の食い違いは、国家間の対立を深める主要な原因となります。したがって、今後は、国際的な場で、軍事行動に関する国際法の適用基準や、火器管制レーダーの使用に関する具体的な指針をより明確化し、共通理解を醸成する努力が不可欠となります。
また、透明性の確保も重要な課題です。この事件では、日本側がP-1哨戒機から撮影した映像を公開しましたが、韓国側はこれを認めず、独自の立場を崩しませんでした。このような情報の非対称性は、真実の解明を困難にし、相互の不信感を増幅させることになります。海洋上での軍事行動においては、国際的な緊張を緩和し、誤解を防ぐためにも、透明性のある情報公開や第三者による検証の仕組みが求められます。
最終的に、この問題の解決は、関係国が国際法の原則を尊重し、対話を通じて相互の信頼を回復することにかかっています。国際社会全体としても、国連海洋法条約や海上衝突予防法といった既存のルールをすべての国が誠実に遵守するよう働きかけ、海洋における法の支配を徹底するための取り組みを強化する必要があります。平和な海は、世界の貿易や資源利用の基盤であり、その安定はすべての国の共通の利益であることを再認識し、国際協調のもとで、安全な海洋秩序の未来を築いていくことが、私たちに課せられた最大の課題と言えるでしょう。



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